独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「独りぼっちのささじぃ。」 生誕して1年が経過しました。

ブログを書き始めて1年が経ちました

 

思ったこと、感じたこと、小説風味、文字を使いつらつらとブログを書いてきました。

 

気がつけば、「独りぼっちのささじぃ(27歳)」も1年の月日が経っていました。1年生など、老師から見ればまだまだヒヨッコでございますが、1年おめでとうございます!(*_*)

  

そして、読んでいただいている方、とてもありがとうございます!(*_*)

 

気がつけば230記事、書いていました。数などはまさに関係ないのですが、プロになるには10,000時間は費やせ的な格言に近づけているのかなと。最初の記事を読み返してみると、なんと初々しい。

 

読んでいる人の心のどこかの瞬間に突き刺さっていると嬉しいものです。自我を解放した瞬間と、感受の瞬間が交わる。

これこそ、出会いってやつじゃないのか。

 

同じ様な日常でも、気の合う友達と蕎麦を食べる1時間が色濃い貴重な時間になり得たり。人の中に生まれ、人の中に死ぬ運命にありしものだなと。しみじみしております。

 

それはとてもゆっくりだけど、地盤を作り船は動き出しています。

逆に最近の悩みは、昔より悩みにくくなったことです。「年とったなあ」の一言で済ましたくない自分がいます。しかし、なんかすごく穏やかに安定しています。

というようなことを、友に相談すると「隣の芝は真っ青や」言いました。ふむふむ。

 

ぶっちゃけ隣の芝の青さを理由に奮起していた部分もありました。鋭い感性は遠くに打ち上がってしまうのでしょうか。やまびこのように繰り返し跳ね返ってくることはあるのでしょうか。

 

ブログの色合いがすぐ灰色になる癖がありますが、とりあえず、明日から石垣島に逃亡します。島に住みたいとか思っていた自分ですが、実際に島に行ったことがなかったので、若干緊張しています。

 

島とはいかなるものか。明日の用意まだしていないので、用意する。

やはり、ブログ1年おめでとうございます。光も闇も書き連ねる。本好きとして文字にしかない魅力を伝える。

 

脈絡のない文章の多さは相も変わらずでございますが、末長くお付き合いいただければ幸いでございます。

笹谷創

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