独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「色彩はいつも夜明け前」 言葉の絡繰りにて

色彩はいつも夜明け前

 

蛹のように硬くなり、一晩を過ごす。血の塊は疲弊を跨ぎ、涙腺は決壊する。

圧迫された心象はもはや防ぎようがない。一矢報いるために、遠くからやってくる怪物は引きちぎった。

 

踊りくるりくるりと廻る娘は、余を通り越したお転婆だ。いくら有れど、いくら無くとも、やはり引きちぎる。刻むタンパク質はよもや不摂生の域だ。


殻にこもるも足音を立てて、笑いかける。錆びずに交わらずに真鍮のように不純、重心を集め微睡む。飛び付いた珠玉の技法は似非でなくば何になる。崩壊と引き換えに手に入れたものは、ちっぽけで儚い。これ以上、綴るは自らを虚と認め実像を病む。

 

何をそこまでとのたうちまわり、そこはかとなく迎えに来た。
才の妙は下手に見たり。上手は可能を省き必然のもののみ残す。掬い上げられた一瞬がこぼれ落ちる。拾い上げては光を見る。

 

「ああ、見えた。見えたぞ。光だ。光がある。」

「ガッハッハ、怖いものなど何もないわ」
「コツじゃ。コツ。世の中はコツ。ポイントを抑えれば、全て滑稽とも言える」
「個人も企業も国家も、芸術もビジネスも、コツで成り立っとる」
「迎うところ全くの敵なしじゃ。指示を仰がずとも目の前にたくさん落ちとるじゃないか」


一人月並みに対峙し、また姿を消す。
高笑いさえも選択肢の一部なれど、意味について考えるなんて時代遅れなのだ。


「むむ、玄孫に笑われる前に退散じゃ」


虹色、創造された白。色彩はいつも夜明け前。

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