独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

意識しながら生きることに慣れっこになってしまった。

意識の中で生きている

 

いやはや、一番暑い夏、8月に突入しました。

久宝寺プールが一番盛り上がる時期ですね。昨日、家にいると外から「ドドン」と花火の音が鳴っていました。「最初、雷かいな」と思って、外をのぞけば花火やないか。

夜空を彩る花火、カップルで見に行ったらさぞかし楽しい・・。

  

とか思ったけど昔を思い出せば、花火を見に行き、人ごみの中、汗ベトベトで無風で横の人の腕とくっついてしまう。お互いベトベトで「ちくしょう」となることもありました。実は行った時より、思い出している時の方が楽しかったり。

 遊びに行くとは思い出を作りにいくということなのでしょうか。

とあま、そんなに堅くもない話は置いといて、何かを意識してしまう感覚についてつらつらと書きます。(いきなり)

 

全くの共感を得られない文章になると思いますが・・(´Д` )笑

一人でいる時、誰かといる時、常に何かを意識してしまう・・。

自然に振舞っている状態になった瞬間に、「自然に振舞っている自分」を意識し始める。頭で考えてしまっているので、会話のテンポも遅く、パッと質問されても、頭の中では色んな考えがうごめいていて、話を全然聞いていなかったり、咄嗟に答えられないときが多い。

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結果的に、疎通的コミュニケーション能力の欠如です。笑

 

かといって、それについて悩んでいるかと聞かれれば、あまり悩んでいない。

言えば、「意識してしまう」こと自体に慣れてくる。もはや、意識した状態が自然に思えてきます。では、なぜ書いたかというと、その感覚って多かれ少なかれ誰でもあるのかなと思って。

おしゃべりで一見そんな風には見えない人も実は頭の中でうごめいていたり・・。

 

外から見たら会話のテンポが遅いとか思われていなかったり、「人から見る自分」と「自分が思う自分」ってかけ離れているよね。勝手に頭にうごめくけど、何事(´Д` )・・秘め事。

 

「これは自分だけの感覚や!」みたいな逸話があればぜひぜひ聞きたい次第です(´Д` )つ

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