独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

10年ぶりくらいに会った友達の話。前を見ている人と話す時間はいい時間。

ひさしぶりの友達にあった話

 

些細なボケのつもりのやつがスルーされたら、「なんでこの人こんなんゆうんやろ」と思われていると些細なボケをした側は感じてしまうものです。

その真相は誰も知らない奥底に、自分さえもなかったことにするほどに埋め込まれます。

  

週末を刺激的に過ごしていると、ブログの更新を怠っていた。刺激を受けた週末にこそ、書き綴らなければならないのに。怠惰。

 

金曜日はひさしぶりに土井ちゃんとゲンとみなみちゃんに会った。

ゲンとかみなみちゃんは10年ぶりぐらいになるのかな。

ただ飲みに行くだけなのに、会う前の妙な高ぶりと緊張感。大人になっている部分もそのままの部分もたくさんあった。みなみちゃんとか呼んじゃっているけど、高校の時にほぼ話したことがないように思う。

 

すところどっこい、すごくチャーミングで素敵な方でした。大人になってからでも全然、仲良くなれるのね。たわいもない話やら、熱い話やら、お釈迦モードやら、転職やら、ニューヨークやら、恋愛やら、仕事やら、色々話した。

 

みんな目ん玉が前についている。未来を考えている人と話すと清々しい。いいことばかりじゃないけど、悪いことばかりでもない。月並みな言葉がぞくぞくと浮かぶ。

よく言われる言葉は、よく言われるから残っていく。ダーウィンの進化論的な・・。

 

もっと大人になれば違うお酒の味になるのでしょうが、今は今の味を噛み締めていく。過ぎ去ったものは未来への投資で、ぼんやりと灯る場所に連れていかれる。

 

東京の街も悪くないなあと。なかなかに感慨ぶかい1日になりましたとさ(´Д` )b

 

そして、昔を懐かしんでいると、成人式の写真を発見。ゲッツをしているのでしょうか。(恥) このころは何を考えていたのでしょうか。今となっては知る由もありません。そして、眉毛ほそっ!!!

 

f:id:sasaworks1990:20170713090523j:plain