独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「性格は状態に関係し、状態は能力に関係する」 好調な状態の維持が結果をもたらす!?

性格は状態に関係し、状態は能力に関係する

 

お酒を呑んでいるときの方が、調子がいいという場面に出くわす。

家の中で行うタスクなどは缶ビール片手に行うのが丁度いい気がする。リラックスしているのか、ふわふわとしているのか、迷いが結構なくなる。逆に言えば、シラフの時は何かに迷っているのか。

 

ブログの場合、「面白いことを思いつかなければいけない」という脅迫概念めいたものが少なからずあるのか。心のどこに潜んでまんねん。という感じですが、必要悪みたいなものでしょうか。

 

同じことをするのにも、自らのマインドや状態で効率が変わるって当たり前のことだけど、すごい。同じ人間から発されてはいるけど、状態が違うなら違う人間が発しているという風にも言える。

金髪の悟空とそうじゃない悟空みたいな。ステップの第一段階は疑いなわけだから、調子よく進めまくるだけが能じゃない。と、言いながら、ガンガン進めて、後で振り返ればという考え方もできる。案ずるよりも産むが易しパターンも十分にあり得ます(´Д` )。

 

この状態というのは、そもそもの気質もあると思う。豪快に行く人、慎重に行く人。

気質により状態は変わり、能力も変わってくる。「どれだけ研ぎ澄まされた感覚を持っていても、マインドの持ち方が悪いと人生うまくいかない説」は、ここに関係していると思います。

 

よくラーメン屋の壁とかにある「心が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人生が変わる」的なやつです。ただ、これの難しいところは、気質が原因で結果が状態なのか、状態が原因で気質を作っているのか。。どちらとも言える曖昧さが残ります。

 

そして、抽象的なことをやたらと論じる癖が自分にはありまするが、土台は具体でなければならないと思うわけです。「廃頽」という観念を形にしたケーキを作ろうと思った時、材料のことを知らないと実際に作れないわけでごわす。

 

抽象は音楽に預けよう。具体を集中的に吸収し、目に見える真実を収集。そして、要素に分解し、昨日の観念とはグッバイ。(観念という魔物は、ひたすらこんにちはしてくるけど)

 

という感じで、ビールを地下労働者のごとくグビグビと飲んでいます。麹作りをする職人を思い浮かべながら、飲む。琥珀色のラガー、ひたすらおしゃれです(´Д` )

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