独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

ただ過ぎる時間に時間に身任すか 視点ぐっと上げ世を見渡すか。

さあ、集中、集中

 

筆忠実と書いて、ふでまめと呼ぶ。 

そう、梅雨が来るやいなや、文章を綴るペースが落ちております。筆太郎のペースを戻さねばと思いながら、こちとら規則的でありながら、なかなかに濃い日常を過ごしています。気持ちはナマモノで、同じ事象を別の日に書くと違ってくるものです。

熟考して書くのもアリだけど、テンションのままに無心で綴るのがやはり清々しいです。 

   

忙しいと次の行動に目移りしてしまうけど、「今」への集中力を大事に生きたい。

曖昧にせめて目移りしがちなところはございますが、最後までよく噛んで噛んで食べるのです。

 

あらゆるひと時をグッドタイムにしよう。 

ハードな仕事も、リラックスする瞬間も。先を掴みにいけども、まだ確定されていないわけです。ひとつのものに集中することこそ、好奇心を掻き立てるわけです。

 

無数の情報に選択の素晴らしさが埋もれてしまいがちですが、選び取れるのですから。選択は無数の他を捨てるので、勇気がいる。そんな自明の理にビクビクしていても仕方がない。と言いながらも、ああやこうやして、時間が過ぎたことにさえ気付かない。

f:id:sasaworks1990:20170613231237p:plain

振り返る時間、気付かない時間、それはふりこ時計のようにただただ行ったり来たりしているのか。注力と集中力が吸収力になりぬる。

ここまでの文章は「AREA AREA」の一節に集約されていたと気づいた。おそろしや。。

 

ただ過ぎる時間に身任すか 視点グッとあげ世を見渡すか

 

世界を切り開くのは自らの視点でございます。

しかしながら、ブログの色調が暗くなるのは、回顧や内向に重きを置いてしまうからでしょうか。明と暗が頭を駆け巡ってきたけど、その二つではわけられないところまで走りましょう。もちろん、足で(´Д` )b

 

時に振り返るのは悪くない。こんな最高のものがあるのだから(´Д` )