独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「日本の美術シリーズを開く時がきた!」 買ってからいままで放置しててごめんなさい。

ジャミロクワイと朝

 

最近、朝の5時半とかに目覚める。夏が近づいてきた証拠かなと。

そしてそのまま脳が起きていない状態でジャミロクワイを聞く。すると、オシャレな気持ちになれる。人ごみとは真逆のような、目を瞑ると軽やかに草原を走り抜けています。

声がオシャレ。これは思わず熱が入ります。

 

いよいよ、あの本を開く時がきた

 

1ヶ月まえぐらいだったかな。

自由が丘のストリートでやっているイベントに顔を出しました。

そこには、「どこからきたんですか?」と聞くと小さい声で「ジャミロクワイ」と呟きそうなほどオシャレな人たちがたくさんいました。アンニュイ感じというか。

 

ジョン・レノン風の丸メガネを掛けている人がいっぱいいた。丸メガネはオシャレだもんね。自分は目が丸いので、丸メガネは掛けませんが。

 

燦々と降り注ぐ太陽といわゆるグッドミュージックに耳を傾けます。

すこぶる伸びやかな気持ちになりました。しかし、、本題はすこぶる伸びやかな気持ちになったことではありません。

そのイベントは、当時自由が丘で行われていたスイーツフェスタ(?)の期間に行われていました。どこかの銀行の駐車場で行われていました。その横には本屋さんがあり、外にも古本が並べられていました。

 

「日本の美術シリーズ」と出会ってしまいました。「運慶と鎌倉彫刻」「小袖と能衣装」「日本美術の誕生」惹かれずにはいられない。

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日本の美術シリーズを5冊ほど購入し、ウキウキ気分で帰宅。帰って早速読むかというと、そうではありません。まずは本棚にぶちこんで外から眺めます。・・そして、そのまま月日は流れました。

やっとこさ、今朝方「小袖と能衣装」を開いてみました。中には解説の文と図解がありました。日本文化の着物の発達は、やはり風土と関係しているなど。

一文を取り上げてみます。

 

日本に寒帯的な閉鎖式衣服でもなく、熱帯的な露出式衣服でもない、中間的なきもの形式が発達したのは、湿度から逃れるため通風のよいことを求めたからである。

 

きものって諸外国と比べると、中間的な存在なのね。初知り(´Д` )!

 

明治の小説とかにやたらと帯がどうやらこうやら、ゴブラン織りがどうやらこうやらと書かれています。具体的なイメージが湧かないという往年の悩みをこの本が解決してくれそう。

 

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週末は小袖のことを考えながら過ごそう。

衣服が歴史を語る。モスバーガーがお腹を満たす。

ということで、モスバーガーを徒歩で買いに行ってきます!(´Д` )