独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

しきりに反省したならば、たわいもないおっさんの独学を始めよう。

今日は、よく文章を綴った。

これでもかというぐらい、文章を綴りました。演奏記号で言えばフェルマータ状態です。小休止がないみたいな・・。

 

なので、今回は箸休めブログみたいになりそう。(いつも小休止している気もしますけど・・)(´Д` )

 

反省

 

いきなりですが、大人になって数学能力なさに辟易しています。本をたくさん読んでも数学的能力はちっとも変わらないのかい。昔から完全に国語タイプというのは、わかっておりますが。

 

曖昧の中に光明を探し、ごまかしごまかししてきました。ごまかしごまかしと自分でそんなに思っていなかったことが致命傷でもありますが(´Д` )。。

 

一つひとつを明確に捉え、数珠繋ぎ的に、理論的に考えられる能力が喉から手が出るほど欲しいと思うわけです。「こうやから、だいたいこれぐらいやろ」と仮定して考える癖、いうなれば帰納法癖が著しくあるような気がする。

 

数学のドリルとか始めたらいけるのかな(´Д` )笑

大人になると新しい言語が覚えにくくなるとか聞いたことがありますが、その感覚がなんとなくわかってきた。(悲しい)

イメージとしてですが、頭に色々詰め込まれ隙間が少なくなっている感じがするんです。

 

そして、もうひとつ、ネットからニュースやらおもしろそうな記事やら読むのですが、、何かそれだけだとただ忘れてしまっているんです。結局、情報は主体的に調べないと意味のあるものとして定着しないわけでございやす。

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そもそも、基本的なことや根本的なことがわかってから、経済・金融・政治・科学などのニュースを読むのがいいような気もします。

となれば、もっとちゃんと学校の勉強するべきだったのかもとか思うわけです。

洗脳やらなんやらの側面は確かにありますが、なんだかんだ基本的なことは身につくとおもわれます。

今からでも遅くはない、独学だ。独学。

「たわいもないおっさんの独学」もたのしいよ(´Д` )つつ