独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「忙しさと暇の違い」「直感は裏付けられるのか・・」 最近思ったこと2本立て!!!

最近、思ったこと①

 

最近、ゆっくりする暇がなく、全体的に火照っている。忙しいと逆に現実感がなくフワフワしています。忙しい時の感覚、暇な時の感覚。

  

そこがどこに影響してくるかはあまり定かではないが、何かが違う。

ただ、どちらが良い悪いとかではなく。

忙しいと文字を愛でる瞬間が減るような気がする。もっといえば、味合う瞬間が減るような気がする。ただ、暇だから味わう時間が濃密かどうかはわからない。

 

全てはタスクに集約されているのかもしれない。とか思い、ひたすらコナスだけ。

直感だけど、そういう時期な気がする。「タスクをコナス」うん、引き締まった語感だ。

 

感傷に浸っている暇もなく、ため息つく暇もなく、方向性を固めて動き続ける。

光を求め歩くような、闇を囲うような、新感覚で進む。

 

最近、思ったこと②

 

直感に裏付けはあるのか。人にうまく伝わっていない直感は、存在するのか。と考えるわけです。最近。

 

自由奔放に話していると「何言っているのか、わからない」とよく言われる。

自分自身でも何を話しているのかわかっていない時も多々あるけど(´Д` )笑

 

ちょうど今、「会話 噛み合わない一方通行でも結構」というリリックが耳に入ってきました。

 

直感を育てず種のまま放り出している。何かが生まれる序章、会話が思考の捌け口と化しているのか。最終的に選択を決めるのは「直感」と信じきっているけど、直感だよりすぎるのもどうかなと思う次第です。

 

なんなんだろう、直感って。直感の構成要素を知りたい。

 

一応自分の中で繋がっているはずなんだけど、「いざ、一から説明して」と言われるとうまく説明できない気配がすごい。

いい兆候なのか。そうとしかできないのか。自分が発した言葉と心、理解が一体となっている感覚といえばいいのか。文章書いているのに、説明できない。いや、説明できない感覚を言葉を借りて、文章にしているのか。

言葉は意味を与えるものなので、整理にはうってつけなはず。

疑問系が多すぎて、勘弁です(*_*)!!眠たい!(´Д` )

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