独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

やいやい、笹谷くん。あの日みた大人に近づけているのかい。

あの日みた大人

 

「まだまだ子供」と思う場面が多々ある。

こんな素敵な大人になりたかったと思わせてくれる人にたまに出会う。

なんか、直感だけど目が違う。

感情や日々を乗り越えてきた感じの目をしている。

 

なんなんだろう。あれは。

話さなくとも自然と人が寄ってくるような。どんな価値観も包み込むような。

そういう人に会うと、自分の若造加減と捻くれ加減と偏り加減が身にしみる。

バランスという言葉に憧れ、悩まされ、励まされた。

 

成長ってなんなんだろう。

成長しているのかなんて、正直わからなす。

変わるもの、変わらないもの、得意なこと、不得意なこと、思考、性質、癖。

 

何を拾い、考え、何を捨て、考え、頭を空っぽに。

 

ライブで「伝えたいことがある」というMCがよくある。「伝えたいこととかある?」とある人に尋ねられた。

むむ、、伝えたいこと、、あるんかな。と心配になる。鬱積した感情を音楽やらで消化させているだけなのではないか。それが本能の赴くままとイコールになってくるのか。

 

あの日、憧れたあの人に対して、ただ無い物ねだりしているだけなのかもしれない。

人間様は、ないものを持っている人に惹かれたりするもののような気がする。

 

同じ言葉も違って聞こえる。裏側に何が積み重なっているのか。

とりあえず、お土産の九州ラーメンをはらいっぱい食べよう。そこにスープとヒントがある。

 

お風呂に入ろう。ご飯を食べよう。日常生活を営もう。

 

最近、もっと頑張ろうと思える理由ができた。

それは、幸せのガソリンですね。その気持ちを持てたゆえ、あの日見た大人になりたい。

 

そう。

こういう読みにくい記事を書いてしまうところが、全然大人じゃない(´Д` )笑

ちゃんちゃん(*_*)!!こーーー( ^ o ^ )(エド・はるみ風)

 

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