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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

つけ麺屋に行くと、幸せを運ぶおばさんがいた。 

幸せを運ぶつけ麺屋のおばさん

 

ケインズ理論が通用しなくなって、不良債権が滞って。

デフレになって。銀行の自己資本比率は8パーセント以上だって。でも、会計処理的なやつでうまいことして達成しているだと。

 

学べども特に実感がない。ただ、基本的なことがわかっていないだけだろうけど。

 

派手派手なギャルに「断片的〜」と言われそう。

そんな断片的なギャルを尻目に仕事帰りにつけ麺をしばいてやりました。

トッピングはもちろん野菜で。

 

昔、友達がつけ麺屋さんで働いていた時は「麺つけんのかよ!」と思っていましたが、「つけ麺」大好きです。熱いつけ汁と冷えた麺が口の中で正座です。

 

なんたる旨さだろうこと。(写真、近すぎた)

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つけ麺屋って女性の方が多いねんなーと思った。

自分あわせて四人いてそのうち二人が女性やった!そんな多くないか!

一人やのにめちゃめちゃ元気のいいお姉さま?おばさま?がいた。

その人は悩みに悩んだ結果、辛いつけ麺を食べていた。一口食べるごとに「おふん」「あぁ」「すぅー」など美味しさを表す表現を連発していた。

 

言葉に表すとニュアンスが変わるけど、驚異的な満足感が襲われているように見えた(´Д` )そして、美味しそうに食べる人を見ているだけでほっこりする病にかかった。

 

見ているだけで幸せを運ぶおばさんを背に僕は店を出た。

家に帰ろうかと歩いていた。1分ぐらいすると、後ろから幸せを運ぶおばさんが走ってきた。幸せを自ら運んできた。

「何か用事があるのか!!」と考えたのも束の間、すごい勢いで過ぎ去っていった。

 

幸せは瞬く間に去っていった。

 

でも、次のおばさんが走ってくるのが見えた。

 

そのおばさんも去っていった。

 

そして、ある曲の一節が頭に浮かんできた。

 

突き詰めた魂は 時を経て自然に 元から在ったかのように輝くと信じてる時を超えて君に届くように ソレハ ソレハ 貝殻が美しいように

 

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