独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

『端っこの父』   1000文字小説

今年は一番で乗り込んだつもりだった。

ただ、あの日の意味を遂に知ることなく終わりを迎えた。

 

「今年もそろそろいい季節になってくる。千佳、海にでも行こうか」

悪気のない父を嫌いになる人はいない。でも、私は父より魅力のある人をいっぱい知っている。それは、テレビの向こう側にだって存在する。

  

「まだ、寒いじゃんか。それより、ママに言われた通り洗濯物たたんだの?」

父は照れ笑いをしながら、風呂場へと向かった。「まったく、もう。本当ダメダメね」母に似て勝気な千佳は学校でも男子に恐れられていた。

 

ただ、そこには恐れだけではなく少しの尊敬も混じっていた。

父の背中はやはり、どこか頼りない。「何とかならないのかしら」千佳のぼやきはガラス越しに高級服を見ているおばさんみたいだ。

 

千佳は自分のためだけに取っておいたプリンを冷蔵庫から取り出した。

「おぅ、これこれ!」プリンを手に取る千佳の姿は立派に父に似ていた。

 

平凡な日々の背後には慈しみが迫っていた。千佳はぼやきながらも、けっして奢侈に流れることはない。彼女はその日、少し変わった夢を見た。

 

トンネルの真ん中にぽつんとたたずむ自分。

夢の中の自分は右に左ときょろきょろしている。そして、真っ暗なトンネルの天井を見つめた。首を上げた体勢のまま、夢の中の千佳は止まった。

 

半ば夢だと気づいた千佳の心に「私、何をしているのかしら」といった気持ちが生まれた。

 

朝、7時に目がさめた千佳は、父を起こしに行く。

「お父さんったら。いつまで寝てるの」

いつも通り父からの返事はない。千佳は不服そうにベットの脇に置いてある眼鏡に軽くデコピンを喰らわした。

 

よく見ると、父の寝ている体勢が奇妙である。仰向けのまま首は左にだらりと垂れ、右手の親指で瞼の近くを押している。指が少し顔にめり込んでいるその姿はけっして愉快ではなかった。

 

千佳は力を入れた親指を父の瞼の上にそっと置いた。

そこで、首を上げたままの千佳がフラッシュバックした。同時に「私、何をしているのかしら」といった気持ちもやってきた。

 

「ふぁあ〜、千佳、おはよう」父は寝ぼけながら眼鏡を探す。

千佳は寝癖たっぷりの父に妙な親近感を覚えたが、学校に遅刻しそうなことを思いだし慌てて父の部屋を出ようとした。

いつもより少し低い声で、彼女を呼び止めた。

無防備を刺し殺すには無意識じゃ足りないよ。選手交代だよ」

父は首をぐるりと一周まわした。 

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