独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

透明でも追い縋る。 日々の擬似的感覚を打ち破るための文語

日々は目まぐるしく周り、昨日いた場所に存在し得ない。

理解の範疇を超えない日々の心はただ寂寞とある。 

分岐点を追い掛け、変化に富み明瞭ではなくとも闇雲に行く。

「ペース配分を違えないために、動くのはよそう」との決意はもはや溢れるほど。

 

中途半端なペースは自分を懲らしめるだけだ。ただ、突き続ける。

血統の天井がかすかによぎった。費やした時間は不可逆的である。外の世界を学び吸収する。外の世界に働きかけられる意志の欠如たるや。

 

思惑に頑迷し泳ぐ。整頓を基盤にしながら、混沌を産む。

そのための切符が見当たらない。誰も待ってくれはしない。

追い求めているかすら把握できずとも、押し出されたように行く。

  

認識の海を泳いでいるようで、壮大な海は別にあって矮小的になる。

 

あなたは何が霞んでいる。私が知りたがっている。

成り立ちを描き、目の前を造っていく。いつまでも揺さぶられ、空想的だと独白し夜を待つ。「おかえり」だけをいつも諳んじる。強欲が満足を肥やし空白をなくす。

 

嫌悪の先に栄華を見る。得てして、時代は担えるような事象を呼ぶのか。

 

似たような感じと似たようなペースじゃ地に堕ちるのみ。

把握から継続へ。動こう。内面、実体験。

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