独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「世知辛い社会 悲劇の現実ならピエロでいい喜劇を演じる」 我楽多からアルバム『たなごころ』をもらった。

アルバム『たなごごろ』

 

私は小学生の頃に野球をしていた。

小学6年生のときもやたらとチビだったけど、謎にキャプテンを務めていた。

キャプテン適正ゼロ検知の匂いはプンプンします(´Д` )笑

  

そのとき、小学6年生の部員は2人でした。ここらへんにキャプテンになった要素はあるかと思います。一個下の学年には10人ぐらいいてたような。

一個下には身体も大きく個性的なメンバーがたくさんいた。その1人に生粋のエンターテイナーがいた。ずっと笑っていて悪ふざけばっかりしていたイメージ。記憶は微かだけど、すごくいじられていたような気もする。

 

家も異常に近所だった。私が19歳ぐらいのとき、彼が突然家に来た。

いきなりビートボックスをかまされた。驚いている私を尻目に彼はビートボックスをかまし続けた。

 

そのときはビートボックスというものをよく知らなくて、口が楽器になる凄さに面食らった。彼はblack musicにはまり、ラッパーになっていた。その後も、音楽を通じて付き合いがあった。

 

私は華の大都会「東京」に引っ越ししたため、ここ数年、会うことはほとんどない。

兄のLIVEを見に行ったとき、彼に久しぶりに会った。相変わらず悪ふざけしている・・、訳ではなかった。

 

戦っていた。

「何と?」と聞かれればわからない。

 

兄のLIVEの帰りに「アルバムをリリースした」と彼はアルバムを渡してくれた。

ゆっくりと聞いた。やはり彼は戦っていた。

 

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彼のアルバムに「世知辛い社会 悲劇の現実ならピエロでいい喜劇を演じる」という一節がある。

 

あの悪ふざけしていた少年はすでに大人だったのかもしれない。

「監督、怖い」と思っていただけの私よりただ現実を知っていたのだろう。

  

彼のエンターテイナーっぷりはピエロだったのかもしれない。

ピエロの身ぐるみは剥がされ、ただ現実と対峙している。

少年は「我楽多」と名前を変えて。 

 

このアルバムの中に「奇跡<軌跡」という曲があります。

言葉で説明するのは野暮ったいので、最後に詩を紹介します。

 

奇跡<軌跡

 

空がしらみ出す街が動き出す いつもと変わらず今日を過ごします

何気なく過ぎる日々は 味気なく感じない意味

当たり前が変わり映えしなくて 後回しにするばかりだね

明日はやるさと意気込んで 明日があるさと思い込んで

繰り返す日々の中 疑い抱く 終わりなんて無いのかな?

レース感覚かゲーム感覚か現実味も感じないから 

明日世界が終わるなら 明日までにする心の準備

でも大概予告なく終わるから 今を目一杯生きる事こそ勇気

 

 

日が傾き出す街は静まる 今日が終わり明日が始まる

チクタク刻む時計の針が いつも俺を焦らすhurry up!

なにを考えなにをしようと 過ぎ去る時だけ誰しも平等

どうせ死ぬならと全て投げやりにするより死ぬなら全て賭けたい

命生まれる事を奇跡だと 天使が笑っているのかも?

なら抗えない死が待つ悲劇だと 悪魔は笑っているのだろ

決まっているのは始まりと終わりだけ 無意味に感じるのが怖いだけ 

大事なのは生まれた『奇跡』じゃなくこれから残す『軌跡』

 

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