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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「お米の化身が舞い降りた」 お米と心の葛藤をご覧ください。

とにかく雑記

昨日は池袋の地に降り立った。こめだカフェ、ぱんぱんやないか。

ということで別のカフェ「プロント」に行きました。プロントがどうだったのか・・。

 

それでは、読んでください。笹谷創で「お米の化身」

 

お米の化身

 

雑踏の中、人ごみをかきわけ着いた先はプロントだ。

テーブル席だけではなく、カウンターまでも用意されている。

物思いに耽る夜に黄昏を探しにバーへといく感覚でプロントへと入店する。

 

田端のプロント 外観 2014/11/24

 

 

「いらっしゃいませー」という店員の声が僕を襲う。

(美味しいパスタは出来上がっているんだろうな)心の中に浮かんだそのセリフを僕は飲み込む。浮かび上がるたびに飲み込む。

 

メニュー表を眺めているとリゾットに目が行く。

「米もありだな」・・胃の調子、店員のいらっしゃいませのトーン、外の気温、それらを踏まえれば米も悪くない。

だがしかし、ここで米を頼んでは「生粋のお米野郎」と思われる可能性が出てくるっ!!

 

僕はお米という選択肢を捨て、お茶漬け風の和風パスタに走った。他のものには目もくれず一心にメニューのパスタの絵を見続けた。そして、頼んだ。

 

お茶漬けとパスタ、お茶漬けというところが米を連想させる。

こ、こ、これは風雅な心に欠けている・・。「無粋なお米野郎」と思われるのではないか。

 

キリン

 

しかし、すでに頼んでしまった後だ。

しまった。お米の化身を自分の中から取り除いたはずなのに。それは体に染み付いた習慣のようにやってきたのだ。

お米の化身と戦いながら、僕はパスタをズルズルと食べた。

美味しかったが悔しかった。

 

涙が溢れそうになったのはワサビのせいか悔しさのせいか、後になってはわからない話だ。

 

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出典 Flickr

 

謝罪

 

かなりの駄文をひけらかしました(´Д` )

 

それでも炊きたてのお米のようにふっくらと熱々な心を持って生きていきます。(無理矢理、締めた感がすごい)

 

いつか、いつか、いつか、この続きを書きます。

いつか・・。

 

とにもかくにも、ご拝読、ありがとうございました(´Д` )!