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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

グラウンドの端っこで1人絵を書いていた少年は今日も生きています。

自我・感情・人間

こんばんは。 

寒さがぶり返しまくりで鍋をしたいものです。

今、キムチ鍋と打とうとしたら、気持ち鍋と打ち間違え心がほっこりとしました。

集まった人たちのいいところを言い合いながら、鍋をつっつく。それが気持ち鍋なのではないかい。   

実際にやってみたら、、、わざとらしさが先行して5分ぐらいで飽きそう(*_*)

 

鶏肉団子入りちゃんこ鍋

 

でも、褒められて嫌な気分になる人っていないよね。

ここで最近得た、ほめの知識をぶちかまします。「ほめ殺し」というのは、ただほめるだけではなかったようです。

戦略の一つとして使われていたようです。

 

ほめまっくて、相手の隙に入り込んでいく。

それを団体で行う。

気づけば、周りにはほめてくれる人しかいなくなる。

ほめられることしかなくなり、支配者の判断力が落ちて支配下が滅びていく。

 

なるほど。

まさに、ほめ殺し

  

幼少期を振り返るの巻

 

ここで突然ですが、みんなにもっと自分のことを知ってもらおうと思います!!

勝手に幼少期のころについて話します!記憶のない部分は伝え聞いた話です(*_*)

 

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私は幼少の頃、なぜかラグビーをしていました。

何歳の時だったか、記憶など全くありません。みんなが汗を掻き、一定の爽快さとほとばしる情熱を持ってボールを追いかけている間、グラウンドの端っこで地面に絵を書いていました。

  

この頃からコミュニケーションエラー癖がきっちりとでています。

あまり手のかからない子どもだったそうで、騒ぐこともなくベビーカーの内や外で、ずっとニコニコしていたそうです。

 

ニコニコ大使館建設時代の話です。

 

小学生の頃は、自分のグループに別のグループの友達が1人はいるだけで一言も話せなくなっていました。鬼のように人見知りで、自意識過剰でした。

鈍感力が身についてしまった今となっては人といる時の沈黙は気になりませんが、当時は会話が途切れることを恐れまくっていました。

 

その割にまあまあ態度はでかかったと思います。(今もかも(´Д` ))

恥ずかしい話、よく人の頭とかはていていました。その結果、人から嫌われた部分もありました。嫌われていると気づいた自分の落ち込みようは半端なかったです。

 

自分で蒔いた種がやがて人食い花となり、自分を食うみたいな話ですね。

 

みんなが泣いている卒業式、1人だけケロっとしていたり。

2週間ぐらいいた教育実習の先生がいなくなる時、1人だけ号泣していたり。

 

思い返すとタイミングが変な人間だなと。

それは、今も変わらずか・・。

でも、生きる。

 

 

(このいきなりの結びの感じとかが、コミュニケーションエラーの一例です。ご拝読、ありがとうございました(´Д` )bパチパチ)