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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

『世の中、けっきょくゼニや!!』2017年の始まりは父親の説法から

新発見・発想の転換

気がつけば、2016の背中をあっという間に追い越してしまいました。

お正月は地元へと帰っています。飲む、食べる、喋るの3拍子とお正月らしい日々を過ごしております。

  

正月になれば会う地元圏の友達。

個性豊かなメンバーが一堂に介せば、賑やかも賑やか。

ああいう瞬間が普段の生活の励みになります。

 

クセの強い腐れ縁は大切にしたいのじゃ。

 

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父親の酔い言

 

家に帰れば父親の説法「自由主義や」が待っていました。

350mlの缶を20本ぐらい空けながら「自由に比例して責任がともなう」と説いていました。毎年それをBGMのように聞いていたけど、今年は「責任がともなう」の部分が刺さりました。

ぬぬぬ。

 

他にも「今、与えられている枠で懸命に生きろ。そしたら、自ずと次の枠が来る」など、工場長はなかなか渋いことを言っていました。

 

「ひとつだけ言っとく」の「ひとつだけ」が20回ぐらいありました。

 

さらに「世の中、けっきょくゼニや!」という発言も飛び出していました。

世の中のほとんどの揉めごとを解決するのは、お金。国同士のもめ事も自国の経済の潤い、つまり、お金を考えているから起こっている部分もあるのかなと。全てがすべてではないと思うけど、共感する部分もある。

 

この発言の真意は他にもあるのか。どう解釈すればいいのか。

現実世界への対処という意味でいいのか。 

 

なんだかんだ酔っぱらっているけど、ここ2、3年で父親は丸くなった。父親と同じように、50を超えてから丸くなったという人を知っている。

50を超えると人間は丸みを帯びてくるのかい。体力の低下からくるものなのか。急に穏やかになるものなのか。

すごく、気になる。不思議。

 

この尖りと丸みのバランスが非常にむずかしいのね。

2017年を良くするも悪くするも、毎日、自身の慢心を打ち破れるかにかかっているんです。誰よりも『我』を支配するのだ。

 

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最後になりましたが、2017年もみなさまにとって良い年でありますように^^!!! 

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