独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

メロディが舞い降りてくるとは、そもそも何なのだろう。

さむか。さむか。すこぶる寒か。

 

夜「布団から出るぐらい朝飯前だ」

朝「ちょっ、、、後、5分。スヌーズいっとこ」

  

夜の決意は朝には変わる。

一瞬の決意など少し時間が経てば弾ける泡のようです。

決意は習慣へと変えなければ意味を成さないのでござる(*_*)(ウキッー)

 

当たり前のことを当たり前にする難解さ。

私は今日から冬休みへと突入です(´Д` ひゃ〜ひゃひゃ)

だらけずにピンッと張った糸のように過ごしていきたいものだ。

 

今日はメロディというものについて本気出して考えてみた。

 

 メロディの正体とは

 

J-POPの場合。。これとこれとこれの音を組み合わせれば、ある程度のメロディができる!みたいな音を教えてもらったことがある。奇しくも何の音か忘れたけど、その3音を適当に並べて弾くとそれっぽくなった。

 

しかし、音楽理論の勉強がまだスタートラインにすら立てていないので、ここに関しては推測の域にすら至らず語るのはよろしくない。

 

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ただ、「3音を使うとそれっぽくなった」という話から僕は感じた。

 

というより、薄々前から感じていたが、ヒップホップやレゲエのメロディ(フロウ)ってすごくないかい?

J-POPやROCKはある程度、メロディパターンが決まっているような気がする。(←多分、自分がそのジャンルを深く知らない可能性がめちゃくちゃ高い)

 

ヒップホップやレゲエは何か解析不能な感じがする。

メロディを自分で作るからなのか。

その人の感性が音楽に乗っている、それがメロディ(フロウ)として現れている。

 

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そして、もうひとつ。

鼻歌で適当にメロディを作るパターンの場合、「降りてきた、降りてきた!!」とはよく言いますが、そのメロディはどこから舞い降りてきたのかという疑問。

 

自分の好きなアーティストのメロディは関係していると思う。そのメロディに少なからず影響を受けているはず。

これ裏を返せば自分のメロディ力を上げるには、このメロディすごいって人のを模写するといいのではないか。

 

模写して、自分のものに取り込むというか。

さすれば、メロディ力がつくのではないかという社会の末端者の考察。

 

後は物事をどう捉えるかということ。

これは何かスキルを身につけていく中で、絶対に外せない要素だと思う。

捉え方。自分の捉え方のくせを発見すれば何かと人生に役立つはず。

どれだけ自分を掘れたか、まずはそこではないのか。

 

メロディが舞い降りるがどうとか関係なくなりましたやん!!(´Д` )という天の声が聞こえてきましたので、がっちり閉店がらがらです。