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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「物は2回生まれる」 箴言の数々を頂きました。

自我・感情・人間

でやでやでやでや。

老いも若きも灯篭の光のように過ぎ去る日々を照らしていっているわけでございやす。

私は酸いも甘いも愉悦も憂鬱も噛み締め、未熟さを見つめ直し生きている次第です。

  

そして、泥沼の忙しき日々は少しおさまったので、今日からは(ほぼ)毎日ブログを更新するぞ!ということで、今回は今年一番といっていいほど刺激を受けた話を・・。

 

これからの生き方

 

あるイベントで一回り上の経営者の方とお話をする機会がありました。

なんか説得力がすごすぎた。

 

「物は2回生まれる」

何かを創作した時と、人に伝えたとき。

 

「0から1もだけど1から100にも責任を持て」

人に伝えることにも責任を。

 

僕は何かを創作することにすごく興味があるが、それを人に伝える努力をしているのだろうか。とすごく問い直した。思い描いているもののためにも、それは同時に考えていかなければならない責任のようなものでごわす。

 

そして、一番心に突き刺さったのが「なすべきことをなせ」というシンプルな言葉。

25歳も超えればやりたい・やりたくないの判断ではなく、なすべきことかどうかで行動をどう取るか考えるべきなのではないだろうか。

 

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「人は納得させられるが説得はさせられない」

この方とお話をさせていただている間、8回ぐらいハッとなっていた。

納得させられまくっている自分がいた。

 

その日からその言葉たちが心に残っている。

自分の目的に対し鬼ストイックに行かなければと。

やりたいことだらけだし、多分だけど、鬼ストイックに行かないと全てが中途半端に終わると思う。時間は限られている。やるべきことに対して一切の集中力を欠かさずに生きよう。

 

そして、その方はなぜあんなにも説得力があったのか。

「何を言うかではなく誰が言うか」とはよくいいますが、まさにその通りだなと体感しました。その説得力はどこから湧いてくるのかと考えると、やはり普段の生き方としか思えないだす。ここらへんに何か秘密がありそう。

 

笹谷創が客観性に収斂した大きな存在になれるその日まで。

死ぬまで生きるのが運命〜(´Д` )♪

そして、決意の忘備録のような内容をお許しあれ〜(´Д` )