プログラムを通して感じた論理と直感。
論理と直感
最近プログラムというものをやっておりまして、感じまくりです。
何より「自分は直感的に判断しまくっていた」と言わざるを得ない状況に追い込まれ、無我の境地に入りそうです。
プログラムというのは何が書かれているのかを正確に読み取る作業が必要で、それができないとダメダメプログラマーです。
正確にというのがやはりポイントです。
「大体これやから、、これぐらいやないけ!」というのではダメだす。
きっちりとひとつずつ事実を数珠繋ぎにする、演繹法的にこなしていかないと、どうしようもないほど濃厚な虚無がきます。
心の片隅で「論理を組み立てている」と自負していた己を恥じ、奮い立たせ、新たなステージに導かれています。
すこぶる直感的に話し、北極大陸のあいつのように、直感的に世界を捉えている。
直感的に話すのは決して悪ではない。むしろ、良だ。
ハッとする一言や思いがけない事柄と出会うには直感的な生き方が必要です。多分。
私はプログラムを通じ、論理的に思考する力の欠乏、欠落に気付かされた。
論理的に思考できると、あの青ずっぱい日の数学ももっと点数が取れていたのかな。
そうなると理数系に進み、今頃研究に没頭していたのかもしれません。
確実に読み取り、確実にこなす。
直感に陶酔するのではなく、論理も愛撫したい。
直感と論理、どっちに近いかは人それぞれではないのかい。
直感力
目には見えないが直感力というものも存在し得るのではないか。
論理は事柄をひとつずつ繋ぎ、結果を排出できると考えられるが、直感とは何なのか?
今までの経験による判断のことなのか?思考からジュワッと溢れた何かなのか?
ふとした刹那に舞い降りてくるひらめき、あの瞬間が微笑ましい。
経験を経て、思考を巡らせないと直感力は身に付かない。
お笑い芸人の「ボケ」というのも、直感力を活用しているのではないか。会話の中で瞬時に反応できる、それは普段から「ボケ」のことを考えており、頭に浮かぶのではなく直感として口から先に吐き出されているのだ。(わからないけど!)
右脳が直感で左脳が論理などと言いますが、僕の場合は右脳が左脳にめり込んでいる。直感が左脳に浸透し、論理は肩を震わせ戦慄しているのではないか。
僕はプログラムに気付かされた、黄金の島に舞い降りた超直感型モルモットだということを。
わーーーい
みなさんは、自分がどちらのタイプだと思いますか?( ^ ^ )/