『列車』 1000文字小説
レールの上をひたすら走る列車に行き先はあるのだろうか。
まだ見ぬ、いや、見る必要もない地まで誰かを連れていく。
列車内には「ひたすら無心で、ただ、ひたすら無心で」と呟く老人がいる。
その老人は座席に座り、うつむいている。
呟く老人の独り言は、時計の針が一定の時刻を指すように決まりきっているようだ。
呟いているというより、念じているのに近いのかもしれない。
ひとつ横の車両には座る椅子が2つしかない。
その2つの椅子には、天真爛漫な子どもが座っていた。窓の外を見ながらきゃっきゃっとはしゃぎ、1人で2つの椅子を使っていた。
他には屈強な男たちが腕を組み、周囲を圧倒し立っている。
自分のフィールドを誇示しているようで、子どもに目をくれることもない。
荒々しい鼻息がそれぞれの存在を知らしめる。
列車は走り始めて2時間以上が経つ。
止まる概念がない電車は、鬱蒼とした森の中へと入っていった。
車両の中は電球が切れかかっており、蛍光灯によって明るさが違う。
その外では、森が殺伐とし哀愁を携える。車両の中までがその影響を受けそうになっている。屈強な男、呟く老人、無邪気な子どもなど、乗車している人々にも影がさす。
しばらく走ると、さらに森は深くなりシジュウカラの姿があった。
枝から別の枝へと飛んでいくシジュウカラの瞳はまん丸で、カメラのレンズを思い出させ寒気を感じさせる。身体は白と黒のコントラスト、羽根はそこだけ素材が異なっているといった印象を与える。
深淵にシジュウカラとは、奇怪な対比だ。
列車が走っていくごとに鳥の数は減っていき、いよいよ姿が見えなくなった。
鳥の姿が見えなくなると、老人の呟きもピタッと止まった。
その車両には誰も乗り合わせていないので、知られることもなく止まった。
列車は同一方向にまっすぐ、ずっと走っている。
片道分の燃料しか搭載していないと子どもは知っている。それでも子どもはお構いなしだ。理由や原因などなくてもはしゃげるのだ。その一方で、同じ車両にいた腕を組んでいた屈強な男たちの数が減っている。
残っている屈強な男たちも、額にじんわりとした汗を掻いている。
この列車では老人以外のものは言葉を発しない。「あっ、あっ、ひゃ」と子どもは楽しんでいるようだが意味を有する言語を使用できていない。
言語の有無に関わらず、屈強な男たちはすでに腕を組むのをやめている。
まだまだ、列車はレールの上をひた走る。
目的地を決めたのは一体だれか。私か、子どもか、それとも呟く老人か。
なお、外の森はひっそりと存在するばかりだ。