「あきらめこそが原点」 上京した2年前を振り返って
どう考えても12月1日を迎えました。
ここからさらに寒くなると考えると、大変なことになります。
上京して早2年が経ったわけでありまして、どうなんだと。。
もう2年、まだ2年、もはや2年、まあ2年、なんとでも捉えられそうな時間の経過の中で生きています。
あきらめが原点
東京に来る前に群馬に2ヶ月ほどいました。
そこで「自分の将来は」と考えていたような気がする。
ただ何を考えていたか忘れている。とにかく10年後に花が咲くように動こうと思っていたような。
「目先のことしか見えなかった、見れなかったけど、人生を長いスパンで捉えられるようになった」
と、細眉がおっしゃています。
これは精神的に落ち着いたからなのだろうか。
今となってはそれは当たり前の感覚だけど、その時は斬新だったのを覚えている。
「10年後のこと考えても、途中で死んだらどうするねん」そんな思いも頭に浮かんだ。まあ、それはそれでしゃあないかな、どうしようもない。それ以上でもそれ以下でもないと捉えるしかない。そういったあきらめから、意外に諦観の境地へと行けることがある。
何か覚悟を決める時は、なにかをあきらめているのかもしれない。
というか、あきらめているから対策を練ろうとしているのかも。
どよんとした曇り空みたいな話でゴメンなさい(*_*)!
そこは、、ぜひ、あきらめてください。
本よ!!リベンジだ
一つの区切りまで後3年、大きな区切りまで後8年。
若いんだから踏ん張らなきゃ。飛躍するには毎日の継続。
慢心と惰性を打破。
あの日、あの時、あの場所の想いを胸に。
怠惰で平凡なのかもしれない日常生活に決意というスパイスを。
2年前のことで強く印象に残っているのは、小林秀雄さんの「考えるヒント」を読んで「意味わかんねえ、やべぇ」と感じたこと。
2年越しに読んでみようと思う(ゴクリッ)
これで「意味わかんねえ、やべぇ」となると、うら寂しい。
そうなったら『涙ちょちょぎれビーマイベイベー』です。
「創くん VS 本」性器の、、、いや、、違う、世紀の一戦です!!
さあ、今日も今日を生きるのみ。
感情の出荷、行く宛もなく、濃淡もなく。
時には踊ろう土砂降りの雨の中を。