『追憶の渦の中に』 1000文字小説
所せましと塑造がぶつかり合うことはないのだろうか。
追憶したところで輪郭はぼやける。
「輪廻転生?笑わせやがる、数十年前のあいつと俺が一緒ってことかよ。こっちは赤ん坊の記憶すらないんだ」
「だからこそですよ。私がここにいるのは」さびた鐘を鳴らしたような声を伴い、記憶屋はほくそ笑む。
「これ以上、つきまとうのはよしてくれないか。一秒たりとも無駄にできないんだ」1人の人間はそう言い放ちつかつかと歩く。記憶屋はそれでも無言で迫ってくる。心の隅々をむしり取るカビのようだ。
「記憶とは悪魔の崇拝物か。教えてくれないか、記憶屋さんとやらよ」
「神は大地を剥奪し、空を歪めた。やがて人間は事象を分け合い歩いた。彼ら彼女らを遮断するものはなく空間を真横に切り裂いた水平線がただ備わっていた」
「道徳をひけらかされるのは、まっぴらごめんだ・・・」1人の人間は記憶をたどるように足を早めた。モノクロだった記憶が、なぜか母胎を想起させた。その瞬間、記憶屋がとまどった気がした。
「頭に浮かんだところで何になる、頭に浮かんだところで何になる」何度かその言葉を繰り返す1人の人間は歩みを決して止めない。ふと後ろを振り返ると、記憶屋が行列をなしていた。
「安心感と虚無に包まれ人間は崩壊した。再構築されることはなかった。世界と記憶を結びつけることができなかった」
「文明と進化を取り違え、繰り返す実験。同じ場所、同じ時刻で、同じこと」
「より逃避的にペシミズムを覚え、取りこぼしたのに溢れている人間様」
行列をつくった記憶屋は口々につぶやく。
「今の俺と何の関係があんだよ!ちくしょう」最新にアップデートされた電話機に向かって叫ぶ。その声は決して空虚なんかではない。
意味をなす前の世界に一石を投じている。
この電話機に操作ボタンはついていない。ただひたすら声をぶつけられる。
共鳴せずとも反響する。2つの違いを存分に知っているからこそ、記憶屋は消えない。
1人の人間は電話機を無造作に投げつけた。
先ほど想起された母胎が再度思い出され、手元には電話機があった。
「ああっ、かったるい。かったるい。もう死ぬまで眠ろう」1人の人間はその場に寝転んでしまった。
記憶屋の任務が完了した。
「魔法?そんなものはありません。必要なのは信仰心と設定ですよ」記憶屋は業界随一の立派な営業マンだった。
1人の人間は眠りながら何を見ているのだろう。記憶それとも幻覚。