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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「表情を作る」それは足を止めて考える価値がある。(※この記事にはヒゲ談話が付いています)

表情を作る練習がいる

 

昨日は千葉県某所で撮影をしていただきました。

撮影中に「かっこいいね〜」と言われるとむずがゆしくもありますが、やはり高揚感があります。お世辞でも人間は褒められると嬉しいものだと改めて感じました。

 

嘘だったとしてもテンションあがるねん(*_*)笑

 

帰ってきて一息ついて、ふと「表情を作る」とはなんぞや、と。

振り返りまくります。表情を作る、これは多分練習も必要だなと。

 

料理する人が調味料のことを考えるように、モデルさんは表情のことを常に考えている。というか、人前に出て何かを伝える人にとって、表情を考えることは必須項目な気がします。

 

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ライブにいったとき、大概はアーティストの顔を見ている。そう、表情を見続けている。10分のライブであれば、10分間、人様に顔を見られる。10分間、見ていられるような表情でなければならない。感情は表情に出るので、表情は自然と空気感で変わっている部分もあるはず。その人のタイプによるかとは思いますが、ライブや撮影には少なからず「入り込む」「何かを憑依させる」必要を有する。

 

入り込むためにも、感情の機微から表情を出すのではなく、先に表情を作ってから感情をついて来させる場合もあると思う。

となると、、表情の作り方にも鍛錬が必要だと。

 

それは何も、人前に出る人だけではなく・・広義で捉えれば百貨店のお姉様や宝石店の店員さんなども同じ気がする。彼ら・彼女らのあの礼儀正しい、マナーの最高峰的な振る舞いは鍛錬を積んだ賜物ではないか。

 

目の強さの調節、瞳の潤み具合、眉毛の位置といった個々のものから鋭利、恫喝、弛緩、明朗、哀愁など全体的な雰囲気も併せて表情をつくる。

撮影の場合はこれにカメラのアングル、光加減も関係してくる。

 

とまあ、何が言いたいかというと、表情の出し方というのは、さまざまな職業で必要な要素で、一度足を止めて考える価値があるものだと思いやす( ^ ^ )つ

 

ヒゲ談話

 

約2ヶ月お世話になったヒゲを剃ってみようと思う。

ありがとう、ヒゲ。右になびくのはやめてほしかったけど、大好きだった。

でも別れなければならない。そこに理由はないんだ。原因というものは、それ以上でもそれ以下でもない素直さや本能を超越できないんだ。時には褒め奉られ、時にはさげずみ倒され、荒波のような批評をたくさん浴びた。それは僕の血となり肉となり、魂に還るんだ。そして、この文章の感じは何のキャラか定まっていないんだ。

 

ヒゲ。ヒゲ。ヒゲ。

 

また逢う日まで。