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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

『前者に喝采を、後者に叱咤を』 1000文字小説

 

 『前者に喝采を、後者に叱咤を』

 

君の内臓をえぐりだす、選りすぐりの言葉たち。

対象は実証を要し、次のステップへと進む。見出されたものたちと、戦わずして消えるものたち・・前者に喝采を、後者に叱咤を。

 

「マスター、キューバリブレを一杯・ ・」ラムが五臓六部に染みわたる夜、一人の男が勇退した。年を重ねるごとに固定され、表面が塗り固められ、内部の情熱を見抜けなくなる。

 

「堺さん、もう、引退とはもったいないですね。まだまだやれるんじゃないですか」

「よしてくれ、思い残したことはもうないんだ」そう口を結んだ。

「なぜ、あの時現れなかったんです」マスターは一方的に軽蔑の表情を見せる。

 

言葉とは裏腹に苛立ちを見せる堺、見た目とは正直だ。

 

このバーに来たならば、決して後悔をしてはいけない。後悔は何も生まずに、尺取り虫のようにゆっくりと近づき、トドメを刺しにくる・・。

 

2人の間にしばらく沈黙が続く。観葉植物もなければ、グラスの下にコースターも置かれない。ここにいるのは、狡猾で割りに合わぬことを嫌うマスターだけだ。

 

マスターの真実は、ひどく人を傷つける。自身でも気付いているその特徴を直す気はさらさらない。

 

堺は気づけば、キューバリブレを2杯、3杯と飲み続けている。

いくら飲んでも、ねっとりと体にまとわりついた汗のように後悔が消えない。

(決めつけずに、勝負に行っていれば勝機もあったのでは・・いいや、そんなはずは!!)

 

過去の堺は連戦連勝で、トップに上り詰めた。出てくる言葉も思案されたものではなく、本能の赴くままだった。力任せの強さの反動を知らずに、勝ち上がってしまった動物的な男。

 

強さの代わりに神様は思索の恐ろしさを彼に教えなかった。そして、無敵だと言われた堺も老いには勝てなかった。

 

力を失った堺は、時間の感覚が早くなっていることに気づいてしまったのだ。

「おや、もうそこまで気づかれましたか」人の観念を察する能力の高い意地悪なマスター。

 

堺が悩んでいることは誰の目にも明らかだった。

 

そして・・これが合図となった。

 

「それでは死んでもらいます。ここからは脱出不可能になりますので、ごゆっくり」矛盾に満ち満ちた言葉を残し、マスターとバーは消失した。

 

辺りは真っ暗だった。目を見開き何事も真っ向勝負で打ち負かしてきた堺にとって、ここは目の瞑った先にある世界だった。

 

後悔を知ることが遅すぎた堺は、永遠に色味のある景色を取り戻せない。

ようこそ、デストピアへ。後者に叱咤を。

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出典 Flickr