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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「あれま、あれま、野菜農場でひょっとこが踊りだす♪」ノリで詩を作ってみよう。

ふとした疑問

谷川俊太郎さんは、詩は曖昧なもので意味はないと。

存在するだけで美しい、それを言葉で表すこと自体が難しいと言っていました。

 

詩を作るのって、もしかして、適当でもいいのではないか。

 

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出典 YouTube

 

これを鵜呑みにするなら、読むだけで「言葉に表せない何か」を感じさせるものであれば、詩の価値となるのではないか。

 

言葉に表せない何かを引き出すには、何物にも定義できない感性でぶつかるしかない!

曖昧なままに、レッツラゴー(*_*)!!

 

題名:【光陰矢の如し】

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これは、コーネリアスポートアイランドの交点だ。

アンビエントに揺れた椅子、感受性と意志持つ獅子。

矛先は対立を掠め、未来はお預けだ。俊敏に鋭利に流動的に飯をかっくらう時、塑造的に作り上げられた偶像とお友達が踊る。

 

獰猛な内部からの立体を暴く。とうに過ぎた邪推が空虚な天を覆う。

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題名:【回鍋肉をたんとお食べ♪】

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あれま、あれま、野菜農場でひょっとこが踊りだす♪

ゆれろ、ゆれろ、いつまでもゆれろ。

 

真の目的を果たせ〜!ああ〜日本定食。

 

そして、シャケとご飯をお代わりしろ。

ジュータンの掃除!!!そのやわからさをかみしめよう。

「今、ひまかい!?」ビアガーデンにいこうじゃないか。

 

それでも、二等辺三角形を眺めるんだ。

才能と義理を流し込め♪♪才能と義理を流し込め♪♪

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うん 、、´д`  笑

 

言葉は他人のもので、言葉を扱う以上、他人の存在が不可欠だ。

 

形式的なことや韻律を完膚なきまでに意識の外に追いやっていました。

感情の自由な律動を内在律と言うらしく・・要するに、自分の中のリズム感に頼っていくということっぽいですね。

 

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出典 YouTube

 

 

リズムよく読むのは、読み手にも必要な要素ではないでしょうか。そもそも、詩を作っているとき、自分で読んでいるのだから「書く」に「読む」は含まれるようです。

 

それは、文章でも音楽(聴くを含む)でも同じことのようです。あと、谷川さんが「本質的に言葉は他人のもので、言葉を扱う以上、他人の存在が不可欠だ」とも言っていました。

 

確立されているようでも、曖昧でもある言葉。

「言葉」や「音」ってすごく根源的なものだと思います。

 

だから、音楽好きなのかなと。

 

・・今日は、しみじみとした締めくくりで終了です!!!!。´Д` )。