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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「笹谷創の上京物語」 群馬編

群馬生活

 

東京に来る前に群馬に2ヶ月ぐらい住んでいたことがあります。

 

下仁田というネギが有名なところです。そこの移動はやはり車が基本です。家の前に大きな道路があるのですが、移動するには基本的にその道路しかありませんでした。細い道に入っていくと自然がいっぱいありました。

  

1人でその辺を散歩したりしました。なにやらよく分からない植物に出会いました。

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毎週末の晩、高崎に飲みに行ってはオールナイトをしていました。

最寄駅は神農原駅というところで、1時間かけて終点の高崎に行っていました。

高崎まで片道1000円ぐらいしたような思い出があります。高崎について何をするわけでもなく、無駄に歌のうまい友人と飲み歩いていました。バーにもクラブにも突入していました。どこかで飲んで知らないバーで勝手に熱唱して、クラブに行く。凄まじき体力でした。

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謎な居酒屋で可愛い女の子とチェキを取るのに500円を払ったこともありました。その写真もどこに行ったのかすでにわかりません。店の前に立っているキャッチの子と謎に話してみたりもしました。9月の夜でしたが半袖半パンでした。

 

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何の目的も利害もなく、ただただ夜の街に吸い込まれていました。

遊んだ日の朝の電車では人がいないのをいいことにぐーすか、ぐーすか寝て神農原に帰っていました。

 

この時代に戻りたいとは一切思わないのですが、思い返せば楽しい探検の日々でした。

そこで出会ったほとんどの人々ともう会うことはないのでしょう。

 

友人と一緒に暮らしていたこともあり、どこにいくにも2人で一緒でした。決して怪しい関係ではありません。車が1台しかなかったので、強制的に2人で行動することとなっていました。よく仕事帰りに回転寿しへと行きました。「卵うまっ!」「醤油かけすぎた!」「いやいや、納豆食べすぎやろ」お互い左利きということもあり、マイペースな会話を重ね過ごしていました。

 

その友人とも最近めっきり連絡を取っていません。しかし、その2ヶ月を僕は忘れることができません。群馬で特に何かを成し遂げたわけではありませんが、振り返る思い出はいつも美しくあるものなのですね。

 

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