独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

マンションの46階、海の見えるベランダから

蠢く街に太陽は降り注ぐ。ビル群に反射し私はその光を浴びる。根拠や自信はほんのささいなことだ。

KダブシャインさんのTwitterを読んでいて・・&「ライブの雑感」

純粋に「正しいものが正しい形で伝わってほしいな」

「5/12(土) 怠惰さんのリリースパーティ」 & 「笹谷創のある目標」

場所はいつもお世話になっている蔵前4273です。盛大にできたらなーと思い、入場は無料にしました。

なるべく、みんなが良い方向に転がるように。

サイケデリックな世界に没入したり、朝から桜を愛でるために青いシートの上で寝そべってみたり、日常や非日常にご挨拶しております。

「ひからびた林檎」

部活動の帰りである彼らは、磯野カツオばりの元気さを持ち合わせ、大きな声でお互いを罵り合い高める。

いくら呼んだって返事がない、彼女の返事がない。

昔、祖母は「人は何かに依存しているのよ」と口ぐせのように言っていた。

「なぞらえる行為」によりだんだんと「完成」に近づく。

空想と現実、ドアノブに手を掛けた。その先には物語が待っている。

ここ数日のお出かけっぷり。充実した日々でございます。

「ささやかで慎ましい暮らし、かつ、成し遂げて生きたい」の混合物として進んでいきたい。

「喜び踊る夜」 と DJ紙ヒコーキ a.k.a 笹谷創 高円寺で回します。

「高ぶりはなく、骨に溶けこんでいるのさ」

生活リズムの編集、従事する私

「よそはよそ、ウチはウチ」子供の購買意欲を一刀両断する母のその言葉がふと浮かぶ。

「寒い日に」

ひとつの形を為すことは美しい。工程自体に付いた色はさらに鮮明になる。目標とは人間の暇つぶし、また、生の結晶であると。

週の頭から悦楽を感ずるゆえ

ただ朝は朝で紛れ、夜は夜で羽を休ませているのかもしれない。

アナログ生活始めました

なんでもなく、くるくる回るレコードに何の罪もなく。

最近、音楽について

社会から認められなかった彼女が唯一、認められたのが音楽。その後は大躍進、そしてドラッグにより27歳で亡くなったそうな。

笹谷創ことDJ紙ヒコーキ、soundcloud始めました。

自由意志の元の行動意欲は、従うべき行為に準じている可能性だって捨てきれない。

抽象ばかりではなく、具体性の溝を掘る。

今の所、自分の手は2本で指は5本、すでに定められた中で何を成すか。

小学生以来に将棋をしてみた。

勝負は均衡し一歩も引けを取らぬ状況、飛車角落ちなどのアドバンテージなしの真剣勝負。出口のない密林に迷い込んだのか、膠着状態は続く。

初めてのゴールデン街

私は至極マイペースに話を聞きつつ、大根を味噌に漬けてボリボリと食べていた。

ドラムを触ってみた日

いよいよ、我が親知らずを抜くこととなりました。

心の奥と向き合う

今、録音をしているけど、これが終わればどんな音楽をしていくのか。

奥の方の雑感

おおよそこの感覚の無駄は捨てるべきだ。必要なのは何億の多様性に導かれても受け入れられる度量。

春迎ふる  3/3について

憐憫、可憐、肉薄、柔和、様々な形容詞を並べられる時間と成る。

高円寺をぶらぶらねりねり。 

一つひとつの所作が絵になる。壁に貼られたフライヤーが重なりまくっている。

私は奥さんじゃないわよ

創作が前提で、前提が神話や寓話、地方に伝わる物語なのか。

ITスパイラル。決して海に入らず海岸線を辿る戦いなり。

ワトソン博士にWSmanagement、デーモン、クーロン、ノード、時刻同期、プロトコル、サービス、プロセスとなかなか明確にはいかないわけで、蔦のごとく絡み合ったそなたたち

何もない「空白」を眺める。

まるで虚数のようだ。唯一的なものなど何もない。肯定でも否定でもなく、ただそこに。

 DJ紙ヒコーキ 作曲してみたよ。

浜崎あゆみさんの「マリア」とアート引越しセンターの「アート」、同じ音程やないか。

「思い出は暖かさの産物なのかい」 ありがとうです、浅草。

何か地元に帰った時の安堵感がある。

auly mosquitoのみんな、いいライブするなあ。。

いろんな表現と温かさに触れた土曜日でした。

似たような面持ちで似たような文章を何度も何度も綴る。

似たような面持ちで似たような文章を何度も何度も綴る