心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

音楽とともに

人にはその人の律がある。 その律を愛して。

アホになり上手を学んだ。自分がアホになるとは他人を慮る行為に思えた。

やっと、アルバムの音が揃った。めっちゃ嬉しみ。

飲みにいっても、音楽している人は結局、音楽に吸い込まれる感。音楽はいいね。飽きがこない。

BARペガサスでのライブ終了。感謝です。

「小箱のライブで歌うってことはさ、お客さんはその人の人生を見にきているんだよね、という話を聞いたんだよね」

「能書き垂れる<頭を下げようが伝える」

知られていない視点を伝えるのにも、みんなをいい方向へと導くには、まずは自分から動く。

取り繕っただけの言葉より音で揺れる瞬間にこそ真実はある

正しき導きなど甚だ不明であるが、音楽とこれからもともに過ごすなら、そういう立場でありたい。

「シミレの顔文字感・/・!!」 やっと音楽の勉強を始められた! 

そこを変革できるキーポイントはやはり「環境」にあるように思う。

「母体の骨組み」 あなたの音楽はどこから

友達と遊ぶのは自分にとって生きる活力です。思考の整理といえばいいのか、友曰く、自分の中に広がりができると。

シンプルにアーティストはすごくかっこいい。

内側に入りすぎると、そういう感覚を忘れがち。でも、外側すぎると、アーティストである必要がないように思ってもしまう。 その狭間で揺れていければと。

「実験的音楽!!」_無料配信開始_

一度、お会いして、この人は!!と思って、ヘポタイヤさんにジャケットを依頼してよかった。

月曜日から丸の内

東京駅に降り立つと、建築の気合いが違うというか。建築の人の本を読みたい気持ちが湧いてきて。

 「共感だけでは何も生まれない感覚」

主観と客観の乖離。昔、母親からあんたこの曲みたいやなと言われた。

「亜細亜媒体」 歌舞伎・芸者・忍者・寿司・ローホー(朗報!!!)という鬼パンチライン。

今年は、気になる人に飛び込む。(尊敬を持って)

短文「感性の生成」 と 怠惰、セカンドアルバムに向けて録音。

新しい試みもあり、90'sのHip hopの土臭さが感じられたり、いいのができそうです。

いやあ、メロディとは一体・・。

想像によるところが多い考察になってしまいますが、民族の嘆きが濾過されてブルースという音楽が生まれたと考えれば、直感的には、合点がいく。

聖なる夜、私はサウンドシステムと過ごしていました。

。日本語レゲエの開拓者ランキン・タクシー氏のサウンドシステム TAXI HI-FI から流れるデニス・ブラウンの曲。

突然ですが、音楽「これは違いますわ」ランキング発表します。

音楽してます、というのが恥ずかしくるなるぐらいのレベル。言葉を超えた、ああ。上手くならなきゃ。でも、このレベルまで、辿り着かないと死ねない。音楽してるから、なんとかする。

音楽を捉えるまでのプロセスは様々です

そんなこんなで、外に出て録音してそれらを繋げて、一つの曲にする、ちょっとしたサンプリング、パッチワーク的なのをやってみようという意欲に駆られまして。

「僕たちは芋を掘る 明日も明後日もずっと」

半年かもっと前か、埼玉で日曜夜更し倶楽部をご拝見させて頂いときと比べると、格段に良くなっていた。しかし、どうしても口を挟みたくなる。

【めっちゃ宣伝!!!!!!】 10曲入りのビート集をデジタル配信します。

創っていたビートを10曲、デジタル配信します。良くも悪くも完全に「笹谷創」でしかありません。似たような感じに飽きた方とかにはきっと新鮮よ。

日本語に感情は宿り、奥ゆかしさや情緒に身を預けてみる

と、考えるが本質はそんな細々したことではないのかとも思う。パターンの組み合わせで表面を掬い上げても、結局、良いものに辿り着かない。

音楽している人が「俺(私)もやりたい!」と思ってもらえるようなイベントにしていきます。

人間、誰しもがその感性を持ち合わせている、環境か主義かは甚だわかりませんが、無意識へと押しのけているのかもしれない。

「バンド活動を始めて・・」 濃い日々を送っている。

いろいろ話したけど、「その人の最大限を出せばええんちゃん」的なことを言っていた。なんか、ハッとしたんです。

音楽、、好き。

70年代?の生音がたまらない。

歌うことは楽しいことであり、また、奥が深き

一回聴いただけでハッと思わせる歌唱とはなんなのだろうかと考ずにいられなかった

「すげぇなお前は だが俺は俺だ」

身内含め人生は色々濃くなっていく。生かされるためにも、みんなを生かして。価値観をきちんと送り出して、対価を得る。

「渋谷・円山町 EAR」 スタジオセッション的な試みでイベント開催、そして無事に終了!

小説家でも音楽家でも、作品を鑑賞する観点として、私は「この人はどういう思考によりこの作品に至ったんだ」というのがあるのです

純粋、音で遊ぼう

音楽は人間が織りなしている、というのはどうしても忘れ得ない

「1トラック 3000円」 ビート屋さん、始めるにあたり

「芸術というものが、もうちょっと世に取り上げられてもいいのではないか」

どれだけ知れば世界を理解できるのだろう

natural vybzの音がパワーアップしていた。音が深くなっているというか。超かっこよか。

作品を出すのにも、いろいろな形がございます

あえて主題やテーマを決めて、ひとつの観点から作品を創っていくのも、つくる人にとっても、聴く人にとっても斬新。