心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

旅先日記

藁火サイファーへ

私もその円の一部となり、対話の質を変えてしまう素っ頓狂な言葉を羅列する。それは私の自然な在り方である。

「夏の旅」 東北篇 その2

丸いメガネに白い顎髭、微動だにしない眉で堂々と新聞をめくるお爺さん。

「夏の旅」

その装飾物を暖簾に見立て「へい、いらっしゃい」和紙をとめくり、周囲を和まそうとした人々のことを考えながら歩いた。

22時前、三木悠莉さんの即興の詩を書き起こしてみようとした

投票所はあちらです 早稲田どおり 日曜日

一般的な社会的通念(価値観)と、その人の役割という2つが混同

怠惰(先生)、MCバトルデビューの巻。

やたら簡略化して、創るのはただただ知ること。

「ので」にしろ、「+」にしろ、抽象化している。

観察者の私が被験者の私をただ眺めている

ひたすらだ ひたすらにいたいのだ 苦肉の策は もろともやぶれたのだ だが待て あきらめろ

失敗を前提にできるかどうかで、人生で見る景色は変わる。 

たまたま、そう、たまたまと考えていれば、解釈の余地があり前向きにも考えられる。とげとげしくもならず。

集中力は自身を取り戻す力でもある。まさに可能性。 

今ぐらい、他のことを気にしなくてもいい。忘我できることを探すのではなく、忘我しようと試みる。

『カフェの一幕』

彼女自身が店内のレトロな雰囲気と調和しているためか、赤い座布団の上に座った猫は眠っている。

知らないことを教え合う、それの広がりでいいと思う。

正解などなく、自分自身が納得するものに意味をもたせるだけ。たまたま、それがお金儲けだったりアートだったり。別になんでもいいと思う。それぞれの生き方。

遠いプロと身近な表現 〜音を聴きながら〜

遠いプロと身近な表現 ただいま、四つ打ちを心臓部に当てながら、文をしたためております。ローカルに存在する陽気さはどことなく背中を押してくれます。プロというのは圧倒的な意志があり、目的遂行のためには心身をも犠牲にしてのけるのです。その混じり気…

東京、金曜日、終電。 つまり、満員電車。

比べて、満員電車。押されてイラついている女性、適当に横の人に寄りかかる男性。なんと人間らしくあることか、それは瞬発性が求められるゆえの。

あまりにも、人と出会いすぎた日

ロシア文学を研究している、ムッシュー・マダム・ぺダンティーク・ディレッタント さんと出会う。「うす汚れた堀ちえみのレコード買ってきた」入店してきたりぼんさんと出会う。

ローカルについて

脈絡もへったくれもないですが、ローカルのパーティが好きです、温かみ。根本はそこに人間が集約されている気がします。真実はいつも少数派にあるのではないかと、思わざるを得なく。

「一ノ瀬会」の温かみ、忘年できました。

相手の気持ちを配慮する人が集うと、「いろいろあるけど、みんな頑張っていこう」が発揮されます。今日は、文章も乱れてもいいやと、安心できる日。

どの職種、どの場所、どの選択、とどのつまり、一生懸命、生きるに尽きる

一貫した自己はなく、感覚は共存させられる。思考と無心。

「高円寺」  間に挟まれた私は、注文した塩のぼんじりを頬張る

そして、帰りにギター屋さんに寄り、弦を購入した。張り替えよう。

いい日です。

ただ、たわいない話をするだけです。話の内容とかではないです。無言であっても問題なしです。

実り多き、箱根ノ旅。

箱根が教えてくれた人間と自然のバランス、撮影者(私)と被写体(葉)もそういう関係でありたい。

現実は霧がかり夢うつつ

互いを「知らない」ゆえの楽しさ。それは麻薬的で刺激を求める人の性質の理に適っている。

先週末、三つの日を記す。

いろんな考えや感情を見て、客観性に収斂し、その先の行動を起こす。

暑中見舞い

季節に挨拶をすると、ちょっとした「あっ」と思うことと出逢うものです。

日本に住むなら、浅草で生活しようと決めた日。

「こうなることが決まっていたんだ!」というと、運命感じるおじさんの如くですが、あながちその通りでござす。

最近について・・、「はの話」「東京音楽 旅」「最近読んだ本」の三本だよ。

駅前にある歯医者へと向かう。お世話になっております。「痛くないですか」と凄まじい頻度で聞いてくれる、少し高須クリニックの院長に似ている、院長に感謝。

あたたかい春に自転車をこいで、蕎麦を食べました。

きれいとは言えないちゃりんこを借りて、嫁ちゃんと二人でサイクリングしました。ぼけっーとちゃりんこを漕いでいるのも、春の風を浴びてとても気持ちのいいものです。

なるべく、みんなが良い方向に転がるように。

サイケデリックな世界に没入したり、朝から桜を愛でるために青いシートの上で寝そべってみたり、日常や非日常にご挨拶しております。

「寒い日に」

ひとつの形を為すことは美しい。工程自体に付いた色はさらに鮮明になる。目標とは人間の暇つぶし、また、生の結晶であると。

初めてのゴールデン街

私は至極マイペースに話を聞きつつ、大根を味噌に漬けてボリボリと食べていた。

「思い出は暖かさの産物なのかい」 ありがとうです、浅草。

何か地元に帰った時の安堵感がある。