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独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「写真は光をコントロールしないと始まらない!?」 しれっとモデルさん募集です。

「光当てたらええ感じやないか!これはもう植物や靴じゃなくて人間を撮りたい!」となった私はモデルを探し始めました。嫁がソファーで寝転がっていました。よしっ、嫁に協力してもらおう。映画を観に行くことになっていたので、その前に写真を撮ろう。

「花の魔力はサイケデリックな領域に達している」 生命の象徴を表した1枚の写真。

花って神通力持ちなのかと疑いたくもなりました。妙な気分にさせるサイケデリックフォトでした。

「透明感のある写真が撮りたい」 成長の第一歩目は疑問のはずだ。

最初は「うへへ、めちゃいい写真になるやん」と思っていたが、その有頂天もだんだんと右肩下がりになった。なぜなら、鬼のように透明感のある写真を見てしまったからだ。自分の写真の透明感のなさに泣きそう。

「数ヶ月ぶりの映画鑑賞」 松本人志監督のしんぼるを観て

いかようにも解釈できる感じがすごかったです。白い壁の部屋から脱出を試みる松本さん、天使のちんちんのスイッチの法則を掴み、だんだんと脱出へと近づいていきます。天使のちんちんのスイッチを押すと、「ほぉっ」という声とともに何かが起こります・・。

『思いつくまま、パシャつこう』お気に入りのカメラを持って大阪・梅田へ

画一的な都市に、無機質でフラットな欲望。その内に標的を定め、走る。狭間で揺れるのは誰がため。

『雨の土曜日』お気に入りのカメラを持ってお台場へ 思いつくまま、パシャつこう。

ある人にとっての無益も、視点を上げればすこぶる恵み、 充実した日も、そうでない日も永続的な時間。 『光陰矢の如し』晴れ間は跡の先に。

鑑識眼があってこそ、自分のカメラとなる。

上尾運動公園へと、フィールドワークに行きました。 その道中に写真を撮りました。カメラは思い出作りみたいな側面もあるけど、明らかにアート的な側面もあるかと思います。 「ここを切り取れば・・アートだ!」そんな直感が同じカメラだとしても個性を作り…