心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

とにかく雑記

平成も終わるのか。しっかりしなきゃ。

問いかけが聴こえないよ。心配させたくないよ。

「いずれ交わるなら早く 絡むもののない蔦が枯れている」

辿ってきた道は表現と連なる。失敗より、情熱が消える方が数段恐ろしく。

「雨粒」

雨は無造作に方向を定めず降り続けた。傘に小さな穴が空いていた。雨粒が肌にひっついた。少し髪の毛も濡れていた。

白い壁-冒頭-

独り言は物語にはならず、孤独の内に散っていく。

『葡-pao-』 コッペパンを食べる。

早くもふた口目。私はパンにかぶりつく。訪れる幸福を逃したくはないものだ。「視線が喜びを殺すなどとは、なんたる悲惨。私はパンを食べているのだよ」

最近のインプットを少しばかりご紹介。

誇張せず、起こった出来事をつらつらと並べている。それだけで十分に人間味が出てきて、面白い。

2019年、開幕!『今年の振り返りやこれからのこと』

生きていて、年をとればとるほど充実しているように思います、ありがとうございます。

諦念風

父親が教えてくれた自転車の乗り方。あの日の車輪を思い出せ!

本は悲しいぐらいに立派なお友達です

本は考えることが整理されている、それをまた、読み取り、再構築する。そんな作業が脳内で

僕は将来、ハゲてもいい

しかし、増毛エクステ、ニーズがありそうなもので、目の付け所がシャープです。

「餃子ヲススメ」 胃袋に求められし実家のぎょうざ。

タレには醤油やラー油を入れない。

その男、東京につき

東京、その喧騒はあわよくば時を忘れさせ、人が生きる路線をも変更する。

紛うことなき、トマト拉麺を食したのだった。

器に太陽が押し込められたのかなと思うぐらいの眩さ。

中島らもの本を読み耽っていたあの時みたく、午後の労働に身が入った。

季節の変わり目には美しい情緒が添う。それは数分もあれば感じられ、身体に変化が起こったと錯覚を起こすほどだ。

「戦争の夢を見た」

棒みたいなのがあって、そこにしがみついていた。

「その瞬間」 一場面に・・。

いつの時代も変わりなく、憂いを帯びた瞳には吸い込まれそうになる。

マンションの46階、海の見えるベランダから

蠢く街に太陽は降り注ぐ。ビル群に反射し私はその光を浴びる。根拠や自信はほんのささいなことだ。

「ひからびた林檎」

部活動の帰りである彼らは、磯野カツオばりの元気さを持ち合わせ、大きな声でお互いを罵り合い高める。

「なぞらえる行為」によりだんだんと「完成」に近づく。

空想と現実、ドアノブに手を掛けた。その先には物語が待っている。

生活リズムの編集、従事する私

「よそはよそ、ウチはウチ」子供の購買意欲を一刀両断する母のその言葉がふと浮かぶ。

小学生以来に将棋をしてみた。

勝負は均衡し一歩も引けを取らぬ状況、飛車角落ちなどのアドバンテージなしの真剣勝負。出口のない密林に迷い込んだのか、膠着状態は続く。

春迎ふる  3/3について

憐憫、可憐、肉薄、柔和、様々な形容詞を並べられる時間と成る。

ITスパイラル。決して海に入らず海岸線を辿る戦いなり。

ワトソン博士にWSmanagement、デーモン、クーロン、ノード、時刻同期、プロトコル、サービス、プロセスとなかなか明確にはいかないわけで、蔦のごとく絡み合ったそなたたち

もつ鍋食べたい! 嫁ちゃんと映画に行った。

これはほりぐー社長が言う、「瞬間の彩り以上のものではない」ということと同義語かと。

雪は日常に軽いハプニングを降らせてくれる。

街は白銀に染まり静謐を保つ。その白は否が応でも民を参加させる。世代に地域は囲まれ賑やかし、また、哀れみ。

鳥「今日のささじぃ、クド過ぎー」

性質として解釈したもの「A」と性質として解釈したもの「B」がぶつかり合った時、どうなるか想像する。

オーブントースターと私。クロワッサンを焼いた話。

「カリカリのクロワッサンや・・」無意識の内にそう呟いていた。

とある生活者。変貌するもの、しないもの。

クロワッサンを軽く焼いたので噛み応えが増した。家の一部屋は音楽スタジオだ。

お互いに道を突き進めば、必然的に交わるであろう同士のご対面

「周囲の人がうまく行けば自分事の様に嬉しい」、今年は年齢も会ってか人の成功を妬みやそねみを一切持たずに喜べた。その事実は自分の芯となり、原動力となる。

やいやい、健三兄さん・・ミュージックビデオ撮影大詰め!!

仕事も納め倒して、今日はミュージックビデオ撮影大詰めです。そう、健三兄さんの「指切りげんまん」を撮っておりました。