独りぼっちのささじぃ。

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

とにかく雑記

下はスーツやのに、上は白シャツ・・ないない漢。ファッションについて語る。

客観性ゆえの独断性といえば、一番近いかな。そう、客観すぎの独断、これは独断なのだけれども。それを掴み取るにはまだまだ旅にでないと。無理に迎合せず、リラックスに。

「豊作祭だよ。みんな集合!」 アットホーム式フェスティバルがいよいよ明日に迫りました。

とりあえず、明日、腹割るために腹筋しよう。そして、笹谷創のライブしよう。

「揺らぎ」 情感を慈む。

明日になれば、明日の朝が来る。繰り返しの似たような日常に見つける興奮と戸惑い。過去を振り返りたくなる心情と未来を躍動するための挙措を大切に。

ピーマンにアスパラ、エリンギ・・素材をそのまま食べるほど美味しいことはなかった。

「素材、素材」と声高らかに主張しておりますが、間違いなく塩には頼ります。塩は美味い。まだ素材素人の私は、苦味や土臭さを存分に楽しめていないようですが、食へのこだわりは発芽したので良しです。

「独りぼっちのささじぃ。」 生誕して1年が経過しました。

気がつけば230記事、書いていました。数などはまさに関係ないのですが、プロになるには10,000時間は費やせ的な格言に近づけているのかなと。最初の記事を読み返してみると、なんと初々しい。

知ることが遊びになれば、そりゃあやっぱ楽しい。好きなことを追い続ける。

100 に目が向く、それは100 の視野を広げられる可能性を持つ。50にしか目がいかないなら、50 の視野しか広がらない。深いところに目を向けるには柔軟性がいる。自らの考えに固執してては細かさに目が向かないように思う。レノア。

ちぶかがフェス前日のぬるま湯のようなゆるブログ。

ぴーちくぱーちくありますが、まったりとアットホームにいい時間をみんなで過ごせればなぁといった風です。

「色彩はいつも夜明け前」 言葉の絡繰りにて

蛹のように硬くなり、一晩を過ごす。血の塊は疲弊を跨ぎ、涙腺は決壊する。圧迫された心象はもはや防ぎようがない。一矢報いるために、遠くからやってくる怪物は引きちぎった。

私的3曲ご紹介。眠る前に聴く音楽を探してみようの巻

いい睡眠はいい1日を過ごすために必要不可欠。気持ち良く眠って、気持ちのいい1日を迎えましょう!!(←誰!)

なんでもない1日の帰り途をふりかえり、生身の瞬間を感得しよう。

続けて、自動販売機の前に立ち止まり、120円のオロナミンCを購入。蓋に手を掛けシュッパッと音を鳴らし瓶の底を覗く。

「わっしょい、わっしょい!!」 ハレとケを感じ取った休日。

少し遠くから聞こえて来る子供たちの「わっしょい」。近所のファミリーマートにたまりまくる自転車、座り込んでいる青年。懐かしむ気持ちといい空間という気持ちが合わさりました。

人間いつまでたっても、恋と経済はわからないものです。

ああ、心の物価が上がりそう。

「今日めっちゃ暑いやん」 いい夏にしよう。

猛暑がはんぱじゃない。ただ暑いと喉乾いたままに家帰った瞬間に飲むドリンクの一口目がやたらとうまい。小学生ぐらいの時から思っていた。いわゆる「キンキンに冷えてやがる」というわけでございます。

随筆 『彼は育つ。』

手持ち無沙汰に過ごす日中も、繰り返しの絶えない道草をしている宵も、萎れた花のような瞳はじっとこちらを見つめる。

その人の思考や感受に近づくには、物語を読むのではなく文体を喰らう。

呂布カルマさんのラインを借りていうと、「ライムの種類が違う」ということです。

しきりに反省したならば、たわいもないおっさんの独学を始めよう。

結局、情報は主体的に調べないと意味のあるものとして定着しないわけでございやす。

「沖縄料理をてんで味わえ!」そして、中が見えない店に入る緊張感も味わえ。

引き戸が閉まっているいかにも、中身が覗けない居酒屋。入るのにとても勇気がいる。

幼き目で見つめ伝える東京。

東京 夢幻に囚われ、連れられた東京。栄華を求め歩けども、眺めは水平線に広がる。 夢の跡とはよく言ったもんだ。散るは咲くはのどんちゃん騒ぎ。画一化とセンスの狭間で心は揺れる。声の大きさを頼りに探ろうとする人々は、どのくらいだろう。 闊達なのか、…

「天使創造すなわち光」すごく気になるアニメを発見した。

「地球は人物陳列室」という曲目を見たときに購入を決意しました。ワードセンスよ!と思いながら、それがどうやらアニメのCDだったようです。

「階段を登っているけど、登っていない」そんな不思議な感覚について

この不思議な気持ちは自分の家ではない人の家の階段を登った時にも起こります。

「知らへん、知らへん。また、変なこと言いよる」 茶碗物語

茶碗物語 携帯電話からでもブログ書けるんかいな。これは、文字と触れ合ってる気がせん。 せやかて、いつもパソコンでパチパチ打ってるだけやないの。文字なんて久しく書いてないんちゃうの。 文字を書くのと、パソコンで打つのはまた違うねや。紙に綴るとな…

「なんでこんなところにヤギおんねん!」

周囲の雑草を綺麗にするために、草をヤギに食べてもらっているようです。

「よくある街の店で、よくある日常会話を」 あの時の当たり前は今の特別に生まれ変わっている。

楽しかったのか、悲しかったのか、消化していたのか、充実していたのか、わからない。でも、その時の当たり前に少しだけ帰りたい。

つけ麺屋に行くと、幸せを運ぶおばさんがいた。 

その人は悩みに悩んだ結果、辛いつけ麺を食べていた。一口食べるごとに「おふん」「あぁ」「すぅー」など美味しさを表す表現を連発していた。

移り気に美しむ散歩。

「緩やかさ」と手をつなぎすいすいと歩く。車は日常の風景に溶けこみながら走る。ふと下に目線をやると花が咲いている。風で少し揺れているそのようすをみて、喜びがこみ上げる。その花は脆くもあり劇しくもあった。

「そうだ!沖縄とヨーロッパに住もう!」 この目でいろんな世界を見てみたい

「フォフォ」や「ハー!!」みたいな合いの手もやる気をさらに増してくれます。

革命前夜の産声は満たされずに彷徨うなら、僕は外出する。

天を翔け巣を作り守る。主題などなくともツバメだ。日々をかけて創造した未来を流しこむ。矛先は鋭く、側には丸く。

「化粧」をするのは顔だけじゃない。 見せる部分と隠す部分

個性が出発点で普遍を目指すことこそ、人間性の習得である。というようなことを、小林秀雄が言っていたと脳科学の茂木さんの本に書いてあり、さらに関心した。

いつも平和的であるなんて無茶かもしれないけど、周りの人には優しくね。

自分のためでもなく、だれかのためでもなく、そういう存在。そんなのが平和な感じがする。ボッーとしているわけでもなく、尖っているわけでもなく、咎めず許す。

「徹底、冷酷、約束を奪い去る。詩は頬に伝わる」 今宵は誕生日だ。盛大に祝おう。

徹底、冷酷、約束を奪い去る。詩は頬に伝わる。