心象記 -異花受粉-

ある日、おじいちゃんに「客観性に収斂せよ」と説かれ、言葉の存在意義を考え始める。日々、文字を連ね言葉の持つ諧謔性・残忍性・恣意性に導かれる。結果、物書きとなる。

「ひめゆりの塔」へ

写真は壁一面に張り巡らされてあり、少しの罪悪感を生んだ。

朝になった

私はガスボンベを補充していない不安に苛まれ時間を過ごす。

扉にはりつく三重奏

そして、思いもよらないトリオが完成する。目の前にしてもどうしようもないのである。

ゆえに「形骸化」

「別の像である」という意識が強く働くと、分裂や乖離を引き起こす。

「人はなぜ青空の下で飯を食うのか」

人間の支配下に置けないものに美しさは付随しているのだろうか。

藁火サイファーへ

私もその円の一部となり、対話の質を変えてしまう素っ頓狂な言葉を羅列する。それは私の自然な在り方である。

吐瀉物の上で奥ゆかしく踊る。

概念を脳内にコレクションし、「観察」を始める。

ユニバーサルデザインという言葉がある。

抗えない本能を逆手に捉えれると、質の良い鍛錬に繋がる。

後ろに

自らのストレスを転嫁させるための誇大妄想なのか。

定義

規定は無意識の領域へと入り込み、健全な精神を蝕む。時には悦に入りあやふやな言動をする。

昼行灯

眉間にしわを寄せ、顎には三重の線を浮かべている。

「手染め」

詩です。

「夏の旅」 東北篇 その2

丸いメガネに白い顎髭、微動だにしない眉で堂々と新聞をめくるお爺さん。

理解を失うと、途端に強烈な印象を与える。

顔が全く見えない複数の人が裸でいる絵だった。顔が見えないというのは、顔自体を細工しているわけではなく、棚の中に顔を突っ込んで隠したりしているのである。決して、身体の可動領域がおかしくなっている絵ではない。

限定的な共通言語と解釈するのは飛躍が過ぎるが、ある種の暗号的な役割を持つ。

簡単な言葉で要領を得て説明できる人を尊敬する。その一方、これらの用語に心踊る自分に気づく。

「逆理」

精神の動揺はそれまでの世界を瞬時に変貌させる。

「夏の旅」

その装飾物を暖簾に見立て「へい、いらっしゃい」和紙をとめくり、周囲を和まそうとした人々のことを考えながら歩いた。

「人間やってるね」

旧友は上手に例えるものだと、しきりに感心してしまった。

詩を書いてみるのです

てらしあわせてみましたが 真っ直ぐにいくしかないようです

『割り当て』

動く車窓から見えるマンションの光、信号を渡る老婆、

居に安んじ、業を楽しむ

一般的な教養レベルの知識を得んがために、現在、万里一空の精神である。

遠くで鳴っている音が、自分だけに響いたら音楽の始まり

MIDI 。サンプラー。ブレイクビーツ。サンプリング。ケミカルブラザーズ。s1000。BPM。周波数。lo-fi。エリック・クラプトン。

全く自分ごとではない現象や事物に触れることで、自己の感覚も変化していく

部屋を整理してたら、懐かしいフライヤーを発見。東大阪の布施で自分で打ったイベント。ポイントゼロ。原点。座標軸のど真ん中。

22時前、三木悠莉さんの即興の詩を書き起こしてみようとした

投票所はあちらです 早稲田どおり 日曜日

私たちは思考の螺旋的発展を期待する

畏敬の念は、いつからか導きによって、形骸化されたプロトタイプのジャンク品となり得る。

一般的な社会的通念(価値観)と、その人の役割という2つが混同

怠惰(先生)、MCバトルデビューの巻。

自己の方針を定められるのは、「感情」と「前提にある価値観」

久しぶりに本を読んでみた。文字を目で追うのではなく、文字がばっと頭に入ってきた。「読む」というより「見る」に近くなっている。

経済にしろ、空気にしろ、回そうと考える「おもてなし」があらゆる根本なのかもしれない。

お金が手段であるように、今の行動が手段のままであるように。

やたら簡略化して、創るのはただただ知ること。

「ので」にしろ、「+」にしろ、抽象化している。

観察者の私が被験者の私をただ眺めている

ひたすらだ ひたすらにいたいのだ 苦肉の策は もろともやぶれたのだ だが待て あきらめろ